ビジョンを持って歩め

(株)マネジメントセンター 
 中小企業診断士 松本 幸雄

1.人間やればできる
皆さんの中には、売上高271億円を超える子供服のメーカー「ミキハウス」をご存じの方も多いと思います。この会社の創業者は、「木村 皓一(こういち)」さんです。木村さんが26歳の時に創立し73歳の現在も現役社長として活躍しています。木村さんは、3歳の時に小児麻痺なり、右足を引きずって歩いている状態でした。そんな木村さんが小学校の時、心を寄せる女の子に「同情の対象」としか見られていない事に発奮し、毎日新聞配達をやってまともに歩けるようになる事を決意しました。そしてその努力が実りとうとう中学三年生までには、奇跡的に健常者と遜色なく歩けるまでに回復できたのです。この不自由な右足を克服して掴んだ自信が、木村さんのその後人生を支えるかけがえのない力となったのです。

 


2.トータルコーディネートに挑戦
 学校を卒業後は証券会社に入社して、そこで優良企業をつぶさに観察する機会に恵まれました。そこでわかったことは、長く繁栄している企業は、「安易に安売りに走らず、良いものをその価値にあった価格で売る」ところが多かったのです。それとは、対照的に実家の洋服屋を経営している父親は、廉価なブラウスを大量生産していました。それを見て実家は父親と弟に任せて、木村さん自身は証券会社を辞めて子供向けの高級服で勝負しようと決意したのでした。
 その時に考えた他の子供服メーカーとの違いを、「トータルコーディネート」としたのでした。すなわち、それまでは上着、ズボン、帽子、靴と別々のメーカーが作っていたのを、木村さんは自社で頭のてっぺんから足の先まで自社で企画して販売することを思いついたのです。

 

3.逆境を逆手に取る
 ある時、デニム地を使った商品を企画して販売したところ、洗濯で色落ちがすると大クレームが殺到しました。しかたなく、一度洗濯をしてから販売することにしましたが、その時アイディアがひらめき石ころを一緒に入れて洗濯機を回したところ、斬新な色調に仕上がりました。それが大評判を呼び現在のミキハウスの定番商品となったのです。
 また、ミキハウスがまだ中小企業の時に有力な百貨店に売り込みに行ったところ、商品を高く評価したにもかかわらず、会社の規模が小さくて知名度がない事が理由で破談になってしまいました。そこで、その百貨店を見返したい一心で、世界一の百貨店であるニューヨークの「サックス」と取引を実現したのです。その後、日本の有名百貨店も続々とミキハウスと取引を始めたのは皆さんもご存じの通りです。

 

4.思ったとおりになるのが人生
 木村さんは少子化が進む日本だけでは、いずれ成長はストップすると考え視野を広げて中国を初めとするアジア全域を見据えて仕事をやろうと決断しました。そして、従業員の半分もいずれ外国人が占めるはずだと思ったのでした。創業当初の従業員には夢物語として聞こえなかったのですが、今日(こんにち)では木村さんの予想した事が、全て現実となったのです。
 木村さんは、「あの会社は絶対必要だ。あの会社がなくなっては困る」と言われ大切にされる会社にしたいという願いを持っていました。そして、こういう会社になるという明確な理想を抱いて努力を重ねていったところ、必ずその通りの会社になったのです。これからの経営者・従業員もぜひとも高いビジョン(将来の夢)と具体的目標をもって歩んで欲しいということです。73歳になった木村さんは、まだまだこれからも走り続けていくつもりです。それより若い我々はもっともっと頑張って思った通りの人生を作り上げていけるのではないでしょうか。